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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第36章 鬼喰い



「蜜璃ちゃん…ごめんね」

「そっそんな、蛍ちゃんが謝ることなんてっ」

「ううん」


 慌てて目の前で振る蜜璃の手を、蛍が両手でそっと握る。
 つい先程、彼女にそうしてもらえたように。


「蜜璃ちゃんの笑顔を見ると、なんだか元気を貰えるの。色んなお話を聞くのも、好き」


 炎柱の死は、他の柱の胸も貫いたはずだ。
 特に同じ師として慕っていた、蜜璃なら。
 その顔に作った影は、心も覆ったはずだ。


「だから…ありがとう」


 以前は何も見られなかった。
 誰の顔も、どんな表情(かお)をしていたかも、よく憶えていない。
 全ては朧気で、かけられた声すらもまともに届いていなかった。

 きっかけを作ってくれたのは義勇だ。

 あの、しとしとと降り積もる雨の中で。
 朧気な世界で煌めいていた微かな糸を辿り、顔を上げた先に初めて知らない彼の表情(かお)を見た。





『死ぬな。彩千代』





 身を切るような切なる声で、泣きそうな目で、真っ直ぐに自分だけを見てくれていたあの表情(かお)を。
 心を裂いていたのは、自分だけではない。
 彼も同じだったのだと、あの時ようやく気付くことができた。


「蜜璃ちゃんが、蜜璃ちゃんのままでいてくれるから」

「私の、まま?」

「うん。ありがとう」


 変わらない姿を見せてくれている。
 それがどんなに大変なことなのか。
 どんなに辛いことなのか。
 気付けたからこそ、この手の温もりの大切さを実感する。


「また、色々お話をしてくれると、嬉しいな」


 すぐにとはいかなくても、一歩ずつ。
 今、傍にあるものに目を向けられたら。

 握った手を胸元に落として、ほんの少し口角を和らげる。
 蛍のその僅かでも確かな笑みに、蜜璃はきゅっと眉尻を八の字に下げた。


「っもちろん!」


 感情深い大きな瞳は、すぐに水の膜を張ろうとする。
 強く瞬いてその気配を飛ばすと、蜜璃もまたぎゅっと蛍の手を握り締めた。

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