第36章 鬼喰い
「ぁ…あっそうね! なんだかね、蛍ちゃんに近付くと方向を示すみたいに動き出してね」
「オイ待てやァ。なんだその今気付いた反応は」
思わず実弥が突っ込んでしまう程、蜜璃の返答が今し方思い出したような反応だった。
確かに蛍が傍にいると、蜜璃の掌の影もそちらへと身を寄せるような仕草をしている。
ただしそれが蛍の危惧する"可笑しなこと"とは、術者ではない実弥でも結びつかない。
となれば予想も絞られてくる。
「お前、柚霧に会う名目でその影使っただろォ」
「!? そ…っそそそんなことないわ…!」
「わかり易い解答だなオイ」
最初に蛍の手を握った蜜璃の言動から、なんとなく察してはいた。
影が可笑しな動きをしていたというのは単なる理由付けだ。
蛍に会いたがった為だろうと指摘すれば、面白い程に蜜璃の顔がぼわんと赤くなる。
返答ではなく、その姿が立派な答えだ。
「え。じゃあ影鬼に変なところはなかったの?」
「ぅ…ん。そう、ね。ごめんなさい、蛍ちゃん。影鬼ちゃんを見ていたら、蛍ちゃんを思い出しちゃって…なんだか、段々会いたくなっちゃって…」
そうしなくても良い為に、影鬼を使った身の保証を柱に預けているというのに。
本来の目的が総倒れだと実弥は呆れたが、喉元まで出かかった溜息は零れ落ちなかった。
「元気にしてるかなって。一人で頑張り過ぎてないかなって。前も、あんまり顔を合わせられなかったから…お話も、あんまりできなかったし…」
段々と落ちていく声色と合わせて、蜜璃の表情も影を落としていく。
蜜璃が柱の中でも特に蛍に目をかけていることは周知の事実。
その明るさが伝染するように、鬼殺隊本部で二人が顔を合わせる時は蛍にも笑顔がよく灯っていたように見える。
それも炎柱が健在だった時のことだが。
柱程の実力を持ちながら、しのぶとは違い年相応の明るさと可憐さを持ち合わせている恋柱。
その存在に救われていた同胞を一人知っているからこそ、実弥は感情を吞み込んだ。
あまり人と馴れ合わない自分でも不思議と空気が合った、あの蛇柱を。