第36章 鬼喰い
そもそも口に含んで飲んでしまえば手っ取り早いものを、道具まで使い手間と時間をかけている。
その結果が更なる負荷をかけることに繋がるなど、蛍の思考が到底理解できない。
否。辿り着く答えは一つのみ。
「そんなに俺の血を口にすんのが嫌かテメェ…」
思わず感情に任せた手が、ばきりと握った箸を折る。そんな実弥の圧に蛍は顔だけ向けると、深く溜息をついた。
「ンだテメェその溜息はァ」
「そんなんじゃないですって…喧嘩売らないで下さい…」
びしりと額に青筋を浮かべる実弥から、逃げるように顔を背ける。
いつもならすぐ逃げ腰になるところ、そんな様子も見せずに部屋の隅で小さくなったままだ。
呆れたように聞こえた溜息も、よくよく耳を澄ませば深呼吸を繋いでいるようだった。
「風柱の…血だけじゃ、ないです…全部、駄目…なんで…」
「どういう意味だァそりゃあ」
「…飲めない、から…」
全て流し込んだ注射器を抜き、開いたままのケースに放る。
からんと音を立てて落ちる呆気ない音は、それだけ矮小なものだと耳を通して訴えてくるようだ。
そんな僅かな稀血でも、翻弄されるのは鬼の体のみ。
「直接、飲むと…吐くん、です。だから…飲めない」
じんわりと肌は高揚し、熱を持つ。
運動もしていないのに息は浅く、呼吸は乱れる。
ぐらぐらと頭は揺れ、視界は朧気に滲む。
不死川実弥の稀血は、鬼の体に酩酊と同じ症状を持たせる血だ。
両膝を抱いて更に縮こまるように、蛍は顔を突っ伏した。
「誰の血で、あっても。味がすると…吐いて、しまうから」
膝に顔を埋めた弱々しい声は、更にくぐもり萎んでしまう。
それでも唇を結んだ実弥の耳には、確かに届いていた。
酔ったような、はたまた弱い本音のような、蛍の声を。