第36章 鬼喰い
「はぁ…じゃあ私は別部屋」
「飯」
「え?」
「飯だろォ。風呂の次は」
「…えっと」
「なんの為にわざわざ血ィ抜いてやったんだ。さっさと飲めェ」
ぽりぽりと頸を搔きながら背中を向ける。蛍の向きが変わる前に、実弥は握った箸でびしりと指差した。
顔色が悪く見えるのなら血を飲ませればいい。
人間が食事を取るのと道理。
鬼も何かを摂取しなければ力は湧かない。
「それなら別部屋」
「此処で飲めコラ」
「なんで」
「お前自身に任せると後回しにすんだろォが」
「……」
無言は肯定と同じだ。
思わず言葉が詰まってしまうのも、図星だったのだろう。
そら見ろと悪態をつけば、先に白旗を上げたのは蛍だった。
「わかりましたよ。飲めばいいんでしょ、飲めば…」
「それが他人に生き血をたかった奴の態度かァ」
「ありがたく頂きますよ。だからそっちもご飯食べてて下さい。こっちのことは気にしなくていいので」
静々と部屋の隅に向かい、背を向ける。
目の前で血を摂取するところを見せるだけマシかと、実弥もそれ以上は追及しなかった。
しかし。
再び影から血のストックを取り出した蛍が、浴衣の袖を捲る。
ストック小瓶のゴム蓋に新しい注射器を差し込んだかと思えば、溜めた注射器を己の腕に刺したのだ。
「オイ」
てっきり直接飲むとばかり思っていた蛍の予想外の行動に、実弥の箸も止まっていた。
「なんだァそれは」
「何って…血を頂いてるだけですけど」
「直接体にぶち込んで、そいつは食ったことになるのかよ」
「まぁ…胃に流し込むよりは…効能が、強い…ですけど」
「はァ?」
答える蛍の口調が、徐々に途切れていく。
直接己の血流に流し込むのは効果も早いのか、途切れる呼吸が浅く変わっている。
耳を疑ったのは実弥だ。
ただでさえ摂取しているのは稀血だというのに、何故そんな逆効果とも言える取り方をしているのか。