第36章 鬼喰い
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「ちったァマシな面になったかよ」
「…仮眠取るんじゃなかったんですか」
それから。実弥の命を受けた藤の人々に一張羅を毟り取られ、立派な風呂場に放り込まれ、清潔な着物を押し付けられて今に至る。
ほこほこと未だ湯気が残る体で蛍は、日光の入り込まない部屋の前に佇んでいた。
何せ案内された部屋はてっきり自分一人用だと思っていたのに、我が物顔で御膳を前に食事を取る風柱がいたのだ。
「テメェが抜け出さない為の見張りだ」
「衣服一式取り上げられているのに逃げ出すも何も…って何」
しとりと浸かったフキの煮物を一口、頬張りながら見上げる実弥の目が、じろじろと蛍の体を一周する。
一際顔に視線が集中するのを無視できず、頸に片手を添えながら蛍は目を逸らした。
ただでさえ眼力の強い実弥の鋭い視線を、感じるなという方が無理な話だ。
「少しは見れる顔になったかと思っただけだ」
一張羅を毟り取られる時に狐面も一緒に奪われた。
ついでに手入れをしておきますと善意で言われてしまえば、何も言えない。
その後は部屋で一人で過ごす予定だった為に、素顔でも問題ないと思っていたが予定は狂ってしまった。
未だ水分を含んだ髪先が、蛍の頬を濡らす。
(見れねェ面じゃあねェが…)
芯の立つ白米を一口、頬張りながら実弥は視線を流した。
ようやく見られた蛍の素顔は、部屋の中に灯された橙色の行灯だけで詳細まではわからない。
ただ風呂上がりの為か、最後に垣間見た生気の無い顔よりはまともに見えた。
自分の声にも一切反応しない、無限列車任務後の彼女に比べればまだ見られる顔だ。
ただ活気ある表情にも見えないのは、血が足りていない所為なのか。行灯に照らされた顔の陰影が、余計に濃く影を作る。