第36章 鬼喰い
「オラ入れェ!」
「痛い!」
背中を押されたり、手を引かれたりするでもない。鷲掴まれた腕を大振りに振り込まれて、重力に従った体は真正面から藤の屋敷の戸を飛び越える。
外履きのまま玄関から突っ込んだ蛍は、立派な柱にがつんと狐面を打ち付けて悲鳴を上げた。
ただ顔面をぶつけるならまだしも、仮面越しに強打するのは別格の痛みがある。
「受け身が取れねェ訳でもあるめェし。大袈裟に痛がんなァ」
「大袈裟じゃな…ほんと痛…」
仮面を触りたくても、強打した顔に間接的に触れるのさえ痛みに恐怖して触れない。
ぷるぷると震える両手で仮面擦れ擦れを覆ったまま、蛍は振り絞るように呟いた。
この晴天の中、有無言わさず風柱に藤の家まで連行されたのだ。
町に入れば杏ノ陽も気遣って姿を消した。
燦々と降り注ぐ陽光の下を引き摺り回されれば、受け身の一つも取れなくもなる。
「これはこれは…っ不死川様…!」
「と、貴女様は…」
「鬼殺隊の飼ってる鬼だ。こいつを風呂に放り込めェ」
「は。風呂、でございますか?」
「さっきから異臭を放って仕方ねェんだよ」
慌てて屋敷の奥から姿を見せた藤の者達に、顎で蛍を示した実弥も戸を潜る。
「ついでにあの一張羅も洗ってやれ。後は陽の入らねェ部屋を用意しろ」
「は…はいっ」
「不死川様もご入浴はなさいますか?」
「俺はいい。軽く仮眠だけ取る」
「承知しました」
夜が本場の鬼を相手にしている鬼殺隊もまた、夜が本職の時間だ。
故に日光が出ている昼間こそ、貴重な休息時間となる。
それは柱である実弥達も変わらない。
「ぃゃ、私は」
「いつまで言ってんだテメェ」
ようやく狐面に触れられるようになった蛍が姿勢を正す。前に、ごつんと肘で仮面の下を小突けば、声にならない呻きで蛍はまたも撃沈した。
そんな仮面など付けているからだ。
さっさと取ってしまえばいい。
そう口に出す代わりに、俯く蛍の後ろ襟を引っ掴む。
「いいから、さっさと、その面洗って来い!!」
仔犬や仔猫を差し出すかの如く。後ろ襟を掴んだまま、藤の住人達に突き出した。