第36章 鬼喰い
(話には聞いてたが…こいつァ本当らしいな)
日夜構わず悪鬼を滅して蛍が駆け続けられているのは、陽光への対策があるからだ。
それがこの影の血鬼術だということは実弥も情報として耳にしていた。
それでも本当に陽光の盾となり、蛍を守る様は初めて見た。
「休んでいていいよ。私は平気だから」
見た目はふつふつと灯火を上げる影の体だというのに、顔を擦り寄せて喉を鳴らす様は本物の獣のようだ。
「そう? じゃあ傍にいてくれる? 杏の体、温かいから」
くすぐったそうに狐面を傾けて、柔らかな声で受け答えをする。言葉は無くとも思いは伝わっているのか、蛍の様子に自然と日輪刀から手は退いていた。
「それがそいつの名かァ」
ただ引っ掛かったのは、蛍が口にした獣の名だ。
聞き覚えのある響きは、自然と実弥の頭に浮かんだ彼と結び付いていた。
共に命を懸け、時に背中を預け合った同胞だ。簡単に忘れるはずはない。
「生き物の見た目をしてるから、名前を付けただけです。朔ノ夜と同じ」
朔ノ夜ならば実弥にも覚えがある。
駒澤村で童磨と交戦した時に、蛍が扱っていた血鬼術の一つだ。
見た目は黒い金魚のような姿をしていた。
「この子は"杏ノ陽(きょうのよ)"。お日様に好かれている子だから、陽。わかり易いでしょう」
「…まんまじゃねェか」
鋭い爪先で、蛍が地面の砂を払い名を綴る。
意味深そうだと思っていた名前の単純さに、思わず実弥も拍子抜けた。