第4章 柱《壱》
「君からは人に対する殺気を感じない。我らを見ても、殺しの衝動は起きないのか?」
衝動は、あった。
頭の中で響く声に命じられるままに、目の前の男達を殺した。
でも姉さんの声を聴けば不思議と落ち着いて、正気を取り戻せたから…今の私が在るのは、全て姉さんのお陰だ。
今でも姉さんの笑顔と最後にくれた言葉を思い出せば、踏みとどまれる。
それは私の中で、姉さんの命が繋がっている何よりの証だ。
だから、それを忘れてはいけないと思う。
「……」
「なんだ?」
と言いたくても、どうせ言えないし。
頸を傾げる煉獄杏寿郎に、どうすべきかと思考を巡らせた。
このままじゃ折角の外出もすぐ終わってしまいそうだし…どうしよう。
考えた挙句、これしかないかと見つけた棒きれを拾い上げる。
膝を抱いて身を屈めると、手で払った砂地にガリガリと言葉を綴った。
文字の読み書き、姉さんに教えて貰っていてよかったな。
【人間は怖い】
綴った文字を見せれば、立ったままその見開いた目で見下ろしてくる。
「怖がるなら我らの方だろう。鬼は人より力も強く、回復能力も高い。且つ、人を喰らう化け物だ」
化け物…確かにその通りだと思う。
でもそんな言葉で括るなら、私にとっての化け物は鬼じゃない。
【人間をくうのは 鬼だけじゃない】
【人間だって 人間をくう】
私を、姉の人生を喰ったのは、鬼なんかじゃなかった。
同じ人間だ。
「それは真か? 人が人を喰うはずはない」
頸を横に振って、今一度地面に棒先を滑らす。
【だから私は 鬼になった】
沈黙ができる。
じっと文字を見下ろした煉獄杏寿郎から、反応はない。
…別に、今更。
自分の身に起きたことを、悲観的に抱え続ける気はない。
姉さんのことは別だけど、自分のことなら自分でどうにか処理ができる。
今更嘆いたところで、怒りをぶつける対象は全て殺してしまったし、この世を恨んだところで、大切なひとは戻ってきやしない。