第36章 鬼喰い
事後報告として受けた蛍が関与した任務は、何も今回が初めてではない。
知らされた時には事を終えていて、担当外の地まで走り抜けている。そんな蛍の情報を紙の上の文字で知る度に、掌をすり抜けていくような感覚に不満だけが残った。
相手は鬼だというのに。
何故自分が振り回されなければならないのか。
その積み重ねが募りに募り、こうして鬼の形相で迫るまでに至ったのだ。
「鬼を狩るのは俺の仕事だァ。テメェは救いたい命だけ救ったら場を譲れ」
「それはできません」
「…ア?」
「救うだけじゃ足りない。その根源を潰さない限り、人間の命はすぐに潰される」
骨を鳴らして圧していた実弥の握り拳が止まる。
「悪鬼は殺して然るべき。一瞬でも猶予を与えたら、その一瞬で鬼は何人だって人を喰らう」
狐面の下から届く声が、淡々と感情を消していく。
佇むは木陰の中。唯一見える狐面の小さな両目の穴から、届くはずのない色がぎらついて見えた。
真っ赤な血にも似た、緋色の瞳。
「なので柱の命であろうとも、それは聞けません」
鬼を見れば即斬首。
本来ならば鬼殺隊として在るべき姿勢のはずなのに、目の前の蛍から実弥は違和感を隠せなかった。
いくら悪鬼の前では微塵も迷いを見せなかった炎柱の継子をしていたとしても、そのままに染まり切らなかったのが蛍だ。
同じ鬼だからこそ見える道はないかと模索していた鬼だ。
だからこそ産屋敷耀哉もそこに可能性を見出し、存命させる選択肢を取ったはずだ。
「悪鬼は皆、殺します」
酷く馴染みのある台詞を、酷く場違いな姿で目にした気がした。
その台詞は実弥自身、幾度も吐き捨ててきたものだ。
この世はそれが全てなのだと、周りに叩き付けるように。
だが目の前の鬼は違う。
世界に叩き付けるように宣言しているのではない。
ふつふつと静かな声の下に感じる、見えない憎悪。
誰かの為に言っているのではない。
己自身の為に告げているのだ。
それこそが歩み続ける己の道なのだと。