第36章 鬼喰い
強烈な違和感を感じながら、同時に身に覚えもある錯覚をした。
否。錯覚ではない、確信だ。
目の前で静かな憎悪を飼っているこの鬼は、昔の実弥自身だった。
鬼殺隊に入隊する前の、手当たり次第に鬼を見つけては殺していた、あの頃の自分自身だ。
あの時は、鬼の退治法などよく知らないまま我武者羅に手を下していた。
使えるものならなんでも武器にしたし、鬼を追い詰める為なら何日だって寝ずの夜を過ごした。
自分の命よりも、鬼を殺すことが日々の糧だった。
それだけが自分の残された命の使い方だと疑いもなく信じた。
母を、弟や妹達を、家族皆を殺した鬼。
ただ殺すだけでは済まさず、大切な母を同じ鬼という存在に貶めて侮辱した。
許さない。許さない。
許さない。許さない。
悪鬼が蔓延るこの世界など絶対に許さない。
一匹残らず消え失せるまで、この手で殺していくと誰でもなく自分自身に誓いを立てた。
あの頃の自分の顔など覚えちゃいないが、狐面で見えない蛍の唯一見える瞳が、同じに錯覚する。
血走り、"鬼(獲物)"を探してぎらついていた、実弥自身の目と。
「お前…」
「あ。それより私も、丁度用事が」
「あ?」
その空気を変えたのは蛍自身だった。
ぽんと己の掌を拳で叩いて、ぽかんと棒立つ実弥に片手を差し出す。
「風柱の稀血、頂けませんか」
「……ァあ?」
何を言い出すかと思えば。
ひくりと右の口角を震わせて、脱力気味に実弥は悪態をついた。
拍子抜けしたからではない。
聞き飽きた台詞だからだ。
無限列車後、再び蛍が任務に出るようになってからというものの、接触する機会があろうものなら必ず蛍はそれを欲するようになった。
以前はあんなにも嫌っていた稀血を、寧ろ優先的に欲しているようにも思える。
報告書の文面にも、まるで合言葉のように「次回稀血を頂戴したく存じます」とその幾度、載せてくるのだ。
実際に口にして催促されたことは少なくとも、呆れてしまうのは最早不可抗力というもの。