第36章 鬼喰い
想い人が大切だからこそ。死して尚守りたいからこそ、血の滲む地を歩む道を選んだ。
等しく、変わらずに大切だからこそ。失いたくないからこそ、煉獄家に再び足を向けることを躊躇する。
動機は同じだ。
それらを天秤に賭けることはできない。
「いつもありがとう、要。少しの間だけど休んでいって」
空気を切り替えるように、優しく声をかける。
黒く艶やかな胸毛を人差し指の背で撫でれば、要の黒い眼が心地良さそうに細められた。
「政宗ハ?」
その目がきょとんと、不意に止まる。
蛍も知らず知らずのうちに、親睦を深めていた二羽だ。
要相手だと、気性の荒い政宗もその頭角を潜める。
それだけ要が気にしてくれているのか、本当に友のように慕ってくれているのか。
「政宗なら」
「ここかァ!!」
告げようとした居場所は、決して"ここ" ではない。
被さる罵声のような轟きに、要も反射でばさりと飛び上がった。
突風のような風が蛍の肌を叩く。
正に風の如く木々の間から姿を現したのは、その肩書きを持つ柱、不死川実弥だ。
「ようやく見つけたぜェ。人の担当地区を好き勝手荒らしやがって。ァあ?」
バキボキと握り合わせた拳を鳴らす。
ドスの利いた声で歩んでくる様は、どうにも風柱という清々しそうな名には似ても似つかない。
「ぁー…お疲れ様です。報告書はこちらで上げるので、手間が一つ省けたと思って頂ければ」
「省けてたらわざわざいねェんだよ此処に! その報告書を確認するのは誰だと思ってんだァ!」
腰を上げ、わざとらしくも丁寧にお辞儀する。蛍のその態度にも噛み付く実弥の意見は尤もなものだった。
報告書は本部優先で届けられることもあるが、基本は地区担当責任者である柱に届けられる。
情報は戦の要。
自身の地区で起きていることを把握してこそ、広い視野とそこから導き出される最善に繋がるからだ。
そうだった、と思い出したように頷く狐面に、わかり易く実弥の額にぴきりと青筋が浮かんだ。