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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第36章 鬼喰い



 それでも蛍の足は煉獄家に向かうことなく、手紙を受け取るだけで留まっていた。

 姉上に会いたい。
 声を聞きたい。
 無事であることをこの目で確かめたい。
 誰よりも悲哀の渦の中にいる貴女の、お傍に。
 
 手紙の至る所に、変わらない千寿郎の優しさが溢れていた。
 それと共に手紙の随所には涙跡のようなものも見て取れて、胸が軋んだ。

 繋がりが濃いのは、血筋である千寿郎の方だ。
 悲しくないはずがない。
 辛くないはずがないのだ。
 なのに他人を気遣い、手を差し伸べようとし続けてくれている。

 目を逸らし、背を向け続けているこんな自分に。


「返事ハ、ドウスル?」


 丁寧に手紙を折り畳み、懐へとしまう。
 蛍のその様に、答えはわかっているはずだとしても要はいつも同じことを訊く。


「…ごめん」


 その度に、決まった返事を吐くのだ。

 返事は書けない。
 煉獄家の戸を叩くこともできない。
 千寿郎に向けられるような言葉も、合わせる顔も何もない。
 父である槇寿郎にも然り。

 肉親である家族を、その命を散らせてしまった。
 誰よりも傍にいたのに守ることができなかった。


(会っていいはずがない)


 千寿郎は、杏寿郎お墨付きの優しい心の持ち主だ。
 姉上の所為ではないと、頸を横に振ってくれるかもしれない。
 辛かったでしょうと、慰めてくれるかもしれない。
 肉体には見合わない精神を持つ少年だからこそ、そうして無理に強がらせてしまうだろう。

 槇寿郎は、千寿郎よりも負の感情に素直な人だ。
 恐らく、ではなく必ず罵倒されるだろう。
 どんなに邪険にしていても、息子を思うが故の言動だと薄々感じてはいた。
 だからこそだ。
 愛妻を失い、尚且つ息子まで失ってしまったのだ。
 落ちて尚、堕とされる心はどこまで砕かれていくのか。
 今度こそその刃で、頸を斬られるだろう。


(今は、まだ死ねない)


 今ここで頸を差し出す訳にはいかない。
 ここで自身の命を絶ってしまえば、杏寿郎の決意諸共地獄に引き摺り込んでしまう。
 例えそれが確証のないものだとしても、そうならない理由もどこにもないのだ。
 鬼などという、奇妙奇天烈な存在がこの世に存在していることと等しく。

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