第36章 鬼喰い
冷静に考えて見れば、思い当たる節はいくつもある。
刀を持たず、隊服を身に纏わず、肉体一つで戦いに投じる。
麻の葉模様の鬼の少女とはまた違う、鬼の女。
仲間らしい者は誰も同行していないが、常に連れている"もの"がある。
それは暗闇でも形を成し、牙を剥く──"影"。
その影が何よりの証だった。
武器は日輪の刀ではない。
日光を避けるように隙間なく衣類で肌を覆っている。
我らと同じ鬼であるのに、決定的に違うもの。
「お前、ハ」
この鬼は、この鬼女が纏う術は、鬼だけに牙を剥く。
陽に焼かれたような跡を残し、鬼の細胞を喰らっていくのだ。
「"鬼喰い"…ッ」
鬼の間でも流れていた噂。
風の囁きのような細やかなもので、非現実的だと一蹴していた。
たった一体だけで、次々と鬼を喰らっていく鬼がいるなどと。
鬼の共食いはあれど、そんなものを好んでする鬼はいない。
鬼にとって同じ鬼の肉体は吐き気を催す程に不味いのだ。
それでも"鬼喰い"と囁かれているその鬼だけは、人間ではなく鬼を狙う者だった。
それがこの女の正体だ。
「鬼…喰い…」
習うように呟く村田の声も、もう悪鬼の耳には届かない。
全てを悟った時には既に、命尽き果て炭と化していた。
はらはらと宙に消えゆく細胞たち。
そうしてようやく息を吸える空気に、蛍は呼吸に紛れて息をついた。
今度こそ滅すべき鬼は消えただろう。
「村田さん」
「えっ? あ、なんだっ?」
「これを」
足場の影が音も無く広がる。
そこに手を差し込んだ蛍が、引き上げたのはどこにでもあるような救急箱。
「手当てに使って下さい」
「ああ、いや。オレは大丈夫だから」
「無傷ではないです。足首も捻っていたら後々戦えなくなります。後ろの隊士さん達も」
どこにでもあるような物だが、任務に持ち運ぶには大き過ぎる。
任務先で手厚く治療ができるのはありがたいことだ。
村田も親身に知っていたからこそ、それ以上抗うことなく素直に救急箱を受け取った。