第36章 鬼喰い
「あっおい!?」
「?」
礼を告げようとすれば、既に蛍は背を向けていた。
そのまま去ろうとする仕草に、思わず村田も声を上げる。
振り返る蛍の表情は「何か」と問いかけているのだろうが、如何せんその表情は見えない。
「ぁ…と、さっき鬼が言ってた"鬼喰い" って…」
礼を告げれば会話は終わってしまうだろう。
それだけで別れるには忍びなく、ぎこちなく村田は言葉を繋いだ。
「さぁ。悪鬼が勝手に付けた名称じゃないですか。同じ鬼ですから、その単語で呼んでも扱い難いでしょうし」
「そう、なのか?」
「……」
「あっじゃあ、そのっお面はどうしたんだ? 今は夜だし、顔を隠す必要もないだろ?」
どこかで見たような狐面。
なんとなく懐かしさを覚えて、救急箱を脇に抱えて村田は苦笑した。
「なんだかあれだな。鱗滝さんが作る狐面に似てるな。それ」
ぴくりと、狐の鼻先が微かに上がる。
「…鱗滝さんをご存じなんですか?」
「! ああ。と言ってもオレは冨岡より世話になった期間は短いけどな」
「…義勇さんと…」
「同期だったからな。これでも」
静かに、それでも興味を示した蛍に自然と村田の顔も明るくなる。
鱗滝左近次は、正式な鬼殺隊になる前に呼吸技を教えてくれた育手の一人だ。
一度見たら忘れない、天狗の面をしている老人。
趣味嗜好なのか、同じように狐面を手作りしては、教え子達に厄除(やくじょ)だとして持たせていた。
義勇も面を手作りしてもらった者の一人だ。
「随分、鱗滝さんの面と印象は違うみたいだけど」
「…作ってもらったんです。鱗滝さんに」
「えっそうなのか!?」
まさか本当に鱗滝作の面だったとは。
驚き返せば、狐の鼻先が下がる。
「私は鬼殺隊の隊服を身に付けていませんから。日輪刀も持っていないので。それなら"印"となるものが必要だと…義勇さんが、鱗滝さんに頼んでくれました」
「冨岡が…」
水の呼吸の使い手なら、一度は鱗滝の指導を受ける。
その者達なら誰でも知っている、厄除の狐面。
だからこそ義勇も蛍に提案したのだろう。