第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
その目は義勇を見ている訳でも、虚空を見ている訳でもなかった。
目線の先にあるのは、静かに佇む影の獣だ。
黒々とした巨躯。
奥底から浮かび上がるような青白い"揺らぎ"が、体中を漂っている。
それは不規則な揺らぎを見せながらも、巨躯を覆う模様のようにも見えた。
丸太のように太い四肢。
丸みを帯びた耳に、長い尾。
それよりも何よりも、蛍の無感情の目を止めたのは、その"瞳"だった。
「……」
鮮やかな朱の中心は、陽の光のように強い眼孔。
その縁を彩るは金の輪。
時には燃えるような灯火を宿し。
時には暗闇の中の導のような光を宿し。
いつも蛍の傍にあった。
「…っ」
その瞳は知っている。
知らないはずがない。
忘れようとしても忘れられない。
鮮やかなその瞳と同じように、己の人生を鮮やかに染めてくれた者の瞳だ。
「ッ…ぁ…」
はく、と蛍の呼吸が乱れる。
辿々しく踏み出す足は、幼子のように心許ない。
術者である蛍の姿とは反対に、影の獣は静かにその場に在り続けた。
消え失せることもなく薄れゆくこともなく、ただ静かに揺らぎ燃えている。