第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
ぼろり。
大きく欠けた肉片が、たちまちに宙へと散布し消えていく。
文字通りの崩壊。
鬼としての最期だ。
「っ…ッ…」
下顎は全て灰と化し、舌の根まで焼き切っていく。
細胞のその崩壊には、悲鳴を上げることすらままならない。
限界まで見開いた血走った目は、何をも飲み込む黒々とした影の塊だけを見ていた。
あれは鬼だ。
鬼が造り出した術だ。
同じだからこそわかる。
自分と同じ。
なのに。
何故。
「──…」
口を、鼻を、耳を、髪の毛を。
全てを焼き切り、最後に残された両目も、飲み込まれていく。
血走るその眼球に、僅かな水が浮かぶ。
雨水ではない、少年の体液である水が一滴。
ほろりと眼球を辿って──音もなく、水溜りへと沈んでいった。
「……消えた…」
捩じ切られた鬼の頸が、最後の消し炭となって宙へと消える。
最後まで目を逸らさず見ていたアオイが呟いた時、降り続けていた雨もまた止んでいた。
「あっ…なほ!」
はっとする。
すみの視線を辿れば、義勇の羽織の中から顔を出す小さな少女が見えた。
「すみ! きよ! 大丈夫っ?」
「うん…なんとか」
「なほは?」
「大丈夫。冨岡さまに助けてもらったから」
駆け寄ってくるなほの体は濡れていたが、見たところ怪我らしいものはない。
心配そうに傍に寄るなほに、きよも少しだけ笑顔を見せた。
「冨岡様の所にも鬼が出たんですか?」
「…いや」
消し炭となった鬼のいた場所をじっと見ていた義勇は、アオイの問いに静かに刀を鞘に収める。
「今し方消えた鬼の術であろうものに、足止めを喰らっていた」
義勇が異変を感じた水溜りは、ただの雨水にあらず。鬼の少年が操っていた媒体だった。
すぐに罠だと見極めることはできたが、水溜りの中からなほの体を見つけ出すには少々時間を費やした。