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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし



 ごろりと転がった頭部が、右目を水溜りに浸けて止まる。
 片目だけで見えた世界は、情報が半分しか入ってこない。

 それでも何故か、鮮明に見えた。
 背の揺らぐ影を毛並みのように逆立て、四つ足で立つ頭部を形成した獣を。
 その獣の背後に立つ、半柄羽織の男を。


(体、は)


 頸を失っても体はまだ動く。
 脚は失ったが腕は失っていない。
 まだ水を操る術は残っている。

 獣などはどうでもいい。
 それよりもあの半柄羽織の男だ。
 あの男が持つ刀でとどめを刺されれば、今度こそ絶命してしまう。
 それだけは回避しなければならない。


 ──チリ、


「っ?」


 熱い。
 冷えた水に浸かっているというのに、火傷のような痛みを感じた。

 じりじりと皮膚を焼く。
 忍び寄るような熱さは、頸の切断面から這い上ってくる。


「な…ん、」


 口を開けば水を飲む。
 己の手足であるはずの媒体で喉を詰まらせれば、ごぷりと濁った血が反射で溢れた。


(なんで)


 この感覚は知らない。
 今まで出会った鬼狩りから受けたことも、一度もない。


(なん、で)


 なのに何故か本能が理解した。
 あの半柄羽織の目と、あの影で造られた獣の目に射貫かれた時と同じだ。

 背筋を凍らせ、脳裏に一瞬"それ"を過らせた。
 あの恐怖と。


「な…ん、で」


 少年の頭が、切断面から焼けていく。
 じりじりと火の粉を上げ、すぐに消し炭と化していく。

 知らないのに知っている。
 もう憶えてはいない。
 振り返ろうとも思い出せない。

 それでも人間の時に、一度だけ味わった。


「ぃ…ぁ…ッ」


 あれは、"死"という恐怖だ。

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