第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
警戒はしていた。
それでも油断となったものがあるならば、今まで一度も"柱"と呼ばれる鬼狩りに出会わなかったことかもしれない。
「な…ッ」
枝の上で保っていたバランスが崩れる。
ぐらりと傾いた体は、蛍の影の一打を喰らった時とは違い、足で支えることができない。
何故ならその足は、鋭い刃で斬り捨てられていたからだ。
(なんで、この男が)
視界に映る半柄羽織。
最初に見た時と同じ、無表情さを残した男の顔。
少年よりも尚深い黒目は、雨の中でもブレることなく対象物だけを見ていた。
「冨岡様…!」
アオイの声が、歓喜を混ぜる。
やはりこの男は少女達の仲間だったのだ。
そしてやはり、一番警戒すべき者だった。
濡れた羽織を身軽に翻し、宙を跳ぶ。
突然の義勇の姿に声一つ上げられないまま、両脚は使い物にされなくなっていた。
どしゃりと雨水の溜まった地面に背中から落下する。
顔を上げる前に、ふっとかかる影。
義勇の二撃目がくるのだと背中に悪寒が走った。
相手は鬼ではない。
鬼の頸を狩る剣士だ。
(せめて頸を守りきれば──!)
溜まった水溜りが波を起こす。
少年を守るように荒立つ地面に、音もなく立つ黒い足。
「…あ?」
鬼狩りの男だと思っていた。
しかし視界の隅に映り込んだ波打つ影足を辿れば、目の前に立っていたのは鬼狩りではない。
異様に膨らんだ影の塊。
馬車にも勝る体躯を持つ獣が、丸太のような前足を上げていた。
目にしたのはその鋭い爪ではない。
目が離せなかったのは、眼孔鋭く見下ろしてくるその獣の目だった。
その目は今し方、見た。
半柄羽織の男と同じ。
鬼の頸だけを狩る者の──目だ。
ザンッ
ひゅ、と息が上がる。
その呼吸が収まる前に、獣の爪は少年の頸を抉り切っていた。
ブリキの玩具のように弾き跳んだ頭部が、水飛沫を上げて地面を跳ねる。
それこそ二撃目の為に刀を構えていた義勇は、その様に攻撃の手を止めた。