第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
降り続ける雨音の中でも、少年の耳ならば鮮明に拾える。
音の正体がなんなのか振り返り、それを捉えた。
前髪に隠れた瞳が一瞬丸くなるも、すぐに興ざめしたように音のない息をつく。
「…これだから鬼は」
地面に押し潰したはずの蛍が、よろめき立っていた。
鈍い不快音は、だらりと垂れ下がった左腕からなのだろう。不格好に拉げているのは鈍器と化した雨粒を受け続けていた為だ。
雨に混じらない血が、額から頬を伝い流れていく。
それでも折れた腕も割れた額もそのままに、蛍は立っていた。
「大人しくそこに転がっていれば、それ以上酷い目に合わずに済むのに。と言っても聞かないだろうけれど」
こちらを睨み付けてくる緋色の瞳は、濁りながらも死んでいない。
「鬼は痛みに鈍いから困る」
自分と同じ鬼であるその目に、同族嫌悪で吐き捨てる。
「ッすみ…!」
波に呑まれながら叫ぶアオイに、ぴくりと蛍の顔が上がる。
ふらりと不安定に前屈みに姿勢を倒したかと思えば、地を抉り蹴り上げた。
ドンッ!!
体を打ち身だらけにしながらも、体力の衰えなど見せていない。
反射的に少年が袖を振るうが、蛍が浮かぶ水の塊を叩くのが一歩先だった。
「あッ」
焦りなど見せなかった少年の口から、初めて感情的な声が漏れた。
拳により割れた水は大半をぼたぼたと振り落ちるただの水と化し、支えきれなくなった少女を一人、蛍の腕の中へと落としてしまった。
「っぅ…げほッ」
咽込みながらも息をするすみの姿に、少年の顔が歪む。
「邪魔を…ッするな!!」
感情の起伏に呼応するように、雨の世界が荒れた。
左右上下、何処からともなくうねり上がる波に、息つく暇もなく蛍が飛躍する。
「っほたる、さ…ッ?」
「すみッ!」
「! アオイさん…っ」
片腕の機能を失っている蛍は、すみを抱えて逃げる道しか取れない。
ぬかるみ足場の悪い地を走る蛍の腕の中で、すみは意識を絞り出した。