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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし



 感情に任せるあまりに、襲う波も消えてしまったのか。すみの目に無事な姿のアオイが映る。
 ただし怒涛に荒立ちくる波は、蛍から手を退かない。
 蛍が少年の手から逃れる為に避ければ避ける程、激しい揺れにすみの息も上がった。
 恐怖と呼吸困難に、幼い少女の顔が青褪める。


「っ全く…全く全く! 見ろ腕に抱えたものを!」


 その様に、少年が癇癪を起こした。
 暗く何も見えなかった目は瞳孔に亀裂を入れ、深く裂けている。


「傷めないようにしていた肉が、無駄に足掻いた所為で質を落とした…! 人間は繊細な生き物なんだ、負荷のかかる感情を芽生えさせ過ぎると旨味が落ちる!」


 だから望むのは常に幼い肉なのだ。
 大人に成長するにつれ、酸いも甘いも嚙み分けてしまうと余計な感情を知ってしまう。
 そうなれば肉の質は落ちるばかり。


「同じ肉を喰らう者なら、何故そのことがわからない!」
 
「何、言って…」


 少年の問いに反応したのは蛍ではなかった。
 身を竦ませたアオイが、異様なものを見る目で少年を凝視する。


「それはぼくの台詞だ。何を言っている? 鬼にとっては当然の理だろう」


 震えるアオイの姿からは、手に取るように感情が伝わる。
 到底理解できないと、自分達とは違う生き物だと、心の底から震え上がっている。

 そもそもその感覚が可笑しいのだ。
 捕食者と被捕食者が通じ合える訳がない。
 わかり合えるはずのないものを否定するなど、自分の世界だけでこの世を見ている証拠だ。


(これだから無駄に感情のついた肉は頂けない)


 アオイを視界の隅で一蹴すると、問題は蛍の奪ったすみだと目的を戻した。
 久しぶりの無垢な肉を手放す気は早々ない。


「──?」


 一瞬だった。
 アオイの恐怖を雨水が拾い、その感情を読み取り反応した。
 その一瞬だけ、蛍から視線を外した。

 それでも己の術は蛍を追い詰めている。
 そのはずの蛍の姿が、何故目の前にあるのか。


「──シィ」


 目を見開く少年の耳に、雨ではない音が混じる。

 固く閉じていた蛍の口が、鋭い牙を見せる。
 しかし喰らう為ではなく、放ったのは空を切るような呼吸音だった。

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