第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
青い蝶の髪飾りをしたあの少女は、恐らく水を操るだけの鬼だと思っているのだろう。
人間の分際で鬼を値踏みするなど甚だしい。
「どの生き物にも水分はある。血液、涙、汗、唾液や排泄物だってそうだ。"今あるこの世界"に触れている人間のことなら、なんだってわかる」
雨を介して伝わるアオイの発汗、唾液の多さ、眼球の粘膜の渇き。そしてその表情からも、鬼に対して強い恐怖を抱いていることはわかった。
鬼を知っている。
それも人間を喰らう鬼の本性を知っている。
それでも此処から逃げ出さないのは、助かる可能性を掴んでいるからだ。
双子のように似ている小さな少女二人に似た、もう一人の幼い少女。あの少女を捜しに来た、帯刀した男と繋がりがあるのは確かだ。
「己の命だというのに、他人任せ。そんな思考でよくその娘達を守ろうとできたものだ」
「…っ」
「だったら鬼の彼女のように、体を張って守ればいいものを」
気丈さの下に恐怖を覗かせていたアオイの表情が引き攣る。
アオイの口角が震え下がると同時に、少年の口元は愉快そうにつり上がった。
「それができないお前に、そんなものを着る資格はないよ」
アオイの目が見開く。
雨に濡れてはいない、眼球の奥からこみ上げる雫。
身を竦ませ息を震わせるアオイを背中で感じた蛍が、構える前に飛び出した。
「! 待って蛍ッ!!」
アオイだけを見て笑う少年の視界を覆うように、真正面から飛び掛かる。
蛍の奇襲に焦りを覚えたのは少年ではなく、身を竦ませたアオイの方だった。
「無暗に近付いたら駄目ッ!!」
少年はアオイが着せられていた隊服の意味を知っていた。
鬼殺隊を知っているということだ。
思えば最初から不可思議なことは幾つもある。
雨だけでなく生き物の纏う水分からも、情報を得ることができる程の力を持つ鬼。
それが見た目通りの無害な少年であるはずはない。