第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
相手は偶然、狩場に迷い込んだだけの鬼だと思っていた。
自分と同じように餌を喰らう為に、少女達に同行していたものだと。
「貴女が連れてきた餌だから譲歩したけれど、この狩場はぼくの場所だ。全部をひとり占めっていうのは、良くないんじゃないかな」
「……」
「雨天なら昼間でも外に出られることを教えてくれたのは、感謝してるけど」
「……」
「ねぇ聞いてる?」
頸を傾げて問いかける。少年のその言葉に、蛍はぴくりとも反応を示さない。
ただ後方で少年の投げかけを聞いていたアオイは、だから昼間にも関わらず鬼に出くわしたのだと納得した。
見たところ、恐らく相手は水を術として操る鬼なのだろう。
雨が降り注ぐ世界では、支配者側の立場となる。
それがこの林道に現れた他の鬼──蛍の痕跡を拾ったのか。
(でも蛍のことは知らない…私が着ている"これ"にも反応していない)
義勇から借りた隊服には、背中に"滅"の文字が刻まれてある。
そこにも反応を示さないとあれば、鬼殺隊を知らない鬼なのか。
見た目は少年だが、どれ程の年月を生きているかはわからない。
人の通りの少ない林道を狩場として、世間から外れた存在となっていたのかもしれない。
全ては憶測だ。
結局のところはわからない。
それでも鬼殺隊を知らないことは、アオイにとって吉報だった。
敵に無暗に情報を渡すことは死に繋がるからだ。
(あの鬼は、私達がひ弱な人間だと思ってる。冨岡様が異変に気付いてくれればきっと…!)
全員の命は助かるはずだ。
「来ないよ」
意表を突くような冷たさだった。
「鬼の彼女が何を考えているかわからないけれど、お前のことは手に取るようにわかる」
黒く塗り潰したような感情の読み取れない目が、アオイを見据えていた。
「助けが来ると思っているんだろう? あの半柄の羽織を着たあの男のことでも考えているんだろう」
「な…」
何故。
アオイの驚く表情からありありとその感情を読み取り、少年は笑った。
「お前の体には、恐怖が染み付いているからね」