第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
色味はアオイ達と同じ瞳でも、縦に割れた瞳孔は人とは違う。
言動や感じる気配は、凡そ幼い子供のものではない。
それが"鬼"であると瞬時に悟ったアオイは、もう一度蛍を呼んだ。
「蛍! 早く!」
あれは鬼だ。
それも蛍や禰豆子とは程遠い。
悪鬼の恐ろしさをその身の奥深くに刻んでいるからこそわかる。
寒さだけではない震えを身に感じて、アオイは動揺を懸命に隠そうとした。
「そんなに怖がらないで大丈夫だよ。命を取ろうなんて思ってないから」
「は…っ?」
そこへ向けられた少年の言葉に耳を疑う。
「見ての通り、この体だ。喰べる量も少しでいい。腕か、足か、目か耳でもいいよ。体の一部をくれれば、命までは取らない」
手の見えない両袖を広げて、起伏のない幼い声で提案する。
鬼らしかぬ提案だったが、それでも体の一部を差し出すなど簡単には受けられないものだ。
「できれば幼い子の方がよりいいかな。その娘(こ)達の耳を一つずつくれるなら、見逃してあげる」
「っ駄目に決まってるじゃない。何言ってるの」
「アオイ、さ…」
「蛍、きよを」
感情の見えない黒い鬼の目が、品定めするようにすみときよを見る。
その視界から隠すようにすみを背で庇い、アオイはきよの手首を掴んだ。
二人の少女を庇い、幹に触れるまで後退る。
アオイと少年の間に割り入ったのは、蛍だった。
ぱしゃりと水溜りを踏みしめ、少年の視界からアオイ達の姿を遮る。
「……」
「ふぅん。良い提案だと思ったのにな」
無言で向けてくる緋色の鬼の目に、少年は肩を竦めた。
少女達の体は一欠片も与えはしない。無表情であっても、蛍の姿から意思は十分に伝わった。
「なら交渉決裂だね」
ゆらりと少年が舞うように袖を振る。
その動きを習うように、降り落ちる雨が向きを変えた。
「残念」