第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「きゃっ!?」
「!?」
「なに…!」
何が起こったのか。
把握をする前に、破裂音はアオイ達の体を竦ませた。
つぷりつぷりと落ちていた雨が流れを変えて膨らむ。
突然のことに体を硬直させて動けないきよの背中を、覆うように水の膜が腕を広げた。
「ひゃあッ!?」
「!? きよッ!」
ぐんっと小さな少女の体が突如引っ張られる。
反射的に伸ばしたアオイの手は空を虚しく掴んだ。
竹笠を頭に被せていたすみだけが、一瞬遅れて辺りを見渡す。
竹笠の縁を押し上げ見えたのは、膨張した雨水がきよを攫う姿ではない。
「蛍さん…ッ!」
きよの体を片腕で担いだ蛍が、ぐねぐねと動く不可思議な水に拳を叩き付ける姿だった。
バチン!と響く二度目の破裂音。
蛍の拳が水の膜を叩き割り、飛沫のように散らす。
それが先程の謎の音だったのだと、アオイとすみはようやく理解した。
「なっなに…っ蛍、さん…ッ?」
一人混乱しているきよは状況が理解できていない。
大人しく蛍に担がれているものの、あたふたと辺りを忙しなく見渡ししどろもどろに声を漏らす。
「なっ何ですかこれアオイさん…!」
「わからないっけど近付いたら駄目よ!」
蛍が攻撃態勢に入っている。
それだけで危険なものなのだということはわかる。
今の蛍は、同じ鬼である禰豆子の状態に近い。
本能的に動いているのだろう、それはどう見てもきよを守る行為のように思える。
風船のように大きく膨らんだ雨水が、真上から落ちてくる。
ばちゃん、どちゃん、と濁った泥が落ちるような。しとしとと穏やかな雨音だけの世界だったはずが、気付けば異様な水音で溢れていた。
「(此処にいるのはまずい!)何処かに避難しないとッ」
冬の僅かな葉だけを付けた木々では、大きな水の塊は防げない。
例えそれがただの水であっても、重く高い所から落下すれば常人には脅威となる。
雨に降られない場所を探さなければと、すみを守るように背に庇いながらアオイは辺りを見渡した。