第8章 むすんで ひらいて✔
「なんかこう、行っちゃいけない方向に直角に曲がって真っ直ぐな感じもするけど」
「む?」
偶に意味がわからないことも言うが。
それはそれで面白い。
「次は彩千代少女のことを話して聞かせてくれないか?」
「私のこと?」
「うむ。俺も君のことが知りたい。人であった時の、君の生き様を」
そう問えば、先程まで饒舌に話していた彩千代少女の言葉が止まった。
「私は杏寿郎みたいな立派な生き方をしてないから…」
「人の生き方はそれぞれだ。そこに甲乙付けることなどしないぞ」
「…うん」
立てた膝を抱くようにして座る彩千代少女は、なんとも小さな姿に見えた。
わかってると言いたげな目で、しかし返されたのは曖昧な笑み。
「私、杏寿郎のそういうところ好きだよ」
予想だにしない言葉だった。
唐突に告げられた"好き"という単語に、どくりと胸が騒ぐ。
「杏寿郎が変な偏見を持ったりしないのはわかってる。でも、ちょっと恥ずかしくて…」
「恥ずかしい、とは?」
「……私もね、姉妹がいたの。私の場合は姉が一人」
明確な答えという返事ではなかった。
それでもようやく話し出してくれた彩千代少女の言葉を遮りたくなくて、口を噤む。
「両親は知らないから、姉が親代わりのようなものだった。だからか姉にべったりで…甘えん坊な妹だったと思う」
甘えたがりな彩千代 少女は正直余り想像できない。
やはり人であった頃と鬼に成ってからは、変わってしまったのだろう。
「優しい人だった。私には到底真似できないくらい、温かい慈悲を持った人だった」
その姉がもうこの世にいないことは知っていた。
冨岡が彩千代少女を此処へ連れてきた時に聞いた情報に、その姉の死が入っていたからだ。
彩千代少女が人であった時の生き様を語るのを渋るのは恥ずかしいからではない。
恐らく彼女自身がそこに向き合うのを、今はまだ躊躇(ためら)っているからだ。
無理もないな…鬼であることを受け入れるだけで、こんなにも足掻き精一杯生きているというのに。