第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
予想はあくまで予想だが、それでも場数もそれなりに踏んできた。
鬼の特徴ならよく知っている。
なほは鬼に遭遇などしていないはずだ。
事故か、迷子か。正確なところはわからないが、足止めしてしまう何かがあったのだ。
疲弊して眠っている可能性もある。
(なら、)
トッと枝を蹴り上げ、即座に頂上まで登り詰める。
先の細い頂点に器用に片足の爪先で乗ると、義勇は鋭く周辺に向けていた目を閉じた。
呼吸を沈め、己の気も静める。
延々と広がる林の景色も、しとしとと落ち続ける雨音も、全て遮断するように。
波紋一つ広がらない、静寂の水面の上に立つように。
いつかの柱同士の初詣で、近場の神社へ行った際に蛍が行方不明となった。
その時、蛍を見つける為に人混みの中から必要な痕跡を拾い上げた。
それと同じだ。
周りに当然としてあるものを全て排除する。
研ぎ澄まされた感覚は、その中で異物を拾い上げる。
──ピチャ ン
しとしとと一定の感覚で落ち続けているはずの雨音とは、異なる水音を拾った。
は、と目を明ける。
音がした方へと自然と体は傾き、爪先は幹へと滑り落ちると同時に蹴り上げていた。
跳ぶ。駆ける。
見える木々も、目に当たる雨も、不要なものとして体は動いた。
──ピ チャン
必要なものは、不可思議に立てる水音だけ。
枝から枝へと跳び移り、義勇が辿り着いた場所。
「! これは…」
まるでその場所だけ避けるように、木々が生えていない空き地。
そこには草も生えておらず、剥き出しの土が見えている。
十坪程のその空き地には、広い水溜りができていた。
この雨でできた水溜りなのか。
手前で足を止めた義勇が、辺りを見渡す。
ピチャン、ポチャンと音を立てていたのは、雨が水溜りに落ちる音だった。
ただの自然現象かと、義勇の顔に疲れが出る。
此処にもなほはいない。
そう、踵を返そうとした。
「…?」
その手前で、研ぎ澄ませていた五感が気付く。
ピチャン、ポチャンと響くそれは、確かに雨が鳴らしている。
水溜りの縁でも、左右でもない。
ただ一点。
水溜りの中心だけで、音は奏でられ続けていた。