第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
それからは人の痕跡らしいものが見つけなければ、すぐに方角を変えた。
西へ東へ。元来た道も戻ってみたが、それでもそれらしいものは見つけられない。
最初こそは花摘みなどという興に夢中になって、帰り道がわからなくなっているだけだと思っていた。
それならば姿は見当たらずとも痕跡は見つけられるはずだ。
雨は降り続けているが、小雨のそれが少女の足跡も匂いも髪や声まで全て奪ったのか。
「…っ高田」
仕方なしにと声を上げる。
あまりそうするとアオイ達に余計な不安を募らせると避けていたが、背に腹は代えられない。
「高田、いたら返事をしろ!」
幹の太い木を見つけて、枝に跳び乗る。
林の中では木々が交差して足場を見え辛くしてしまうが、声はまだ届くだろう。
それでも返ってくるのは静寂の中で落ちる雨音ばかり。
(もしや…)
その不可思議さに、一瞬鬼の存在を疑う。
だが今は昼間だ。
太陽が命を奪うものだと知っている鬼は漏れなく、日中を避けて活動する。
その間は陽光を遮る空き家や洞窟、地中など様々な思考を巡らし身を潜めている。
(高田が誤って鬼のねぐらに当たったのか?)
だとすれば、鬼にとっても不慮の事故。
鬼の恐ろしさを知っているなほなら、すぐにアオイ達に助けを求めるだろう。
場所を知らずとも叫ぶなりするはずだ。
手練れの鬼ならその一瞬の隙さえ与えず少女を殺してしまうだろうが、身を潜めていた中で突如日中に炙り出されたなら話は別だ。
それが雨の中であっても、一瞬の動揺は生じるはず。
(それを高田が見逃すはずはない)
非戦闘員であっても、鬼殺隊の名を背負っているのは彼女も同じだ。
自分にできる最善は知っているはず。
もし何かの手違いで鬼がなほの命を奪ったとしても、それなら必ず出血の跡がある。
無垢な少女という餌を前にして、無傷のまま殺す鬼などいないからだ。
この小雨の中なら、なほが消えて捜索を始めた時間からして全ての血は流せない。
(…はずだ)