第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「それが…戻ってくるのが遅くて…」
「アオイさんが辺りを見て回ってくれたんですけど、見当たらないみたいなんです…」
騒ぎは聞き付けなかったが、それは静かに問題事になっていたようだ。
空を見上げれば、未だ曇り空は分厚い。
しとしとと降り続ける雨に止まる気配はない。
(呼吸法もままならない女児なら、体調を崩す可能性もある)
雨宿りは引き続き必要だが、この場でじっとしていてもアオイが再び身を挺して捜しに行ってしまうだろう。
「…わかった。俺が捜す。神崎はここで待っていろ」
「えっで、ですが」
「お前が捜しに出るくらいには時間が立っているのなら、花摘みとやらは終わっているだろう。道がわからなくなっている可能性がある」
周りは目印など何もない林の中。
同じような木々ばかりが並ぶ自然界では、慣れない者なら大人であっても迷うことはある。
「すみません…」
「問題ない。それより彩千代を任せた。暗くなる前には必ず戻る」
「はいっ」
こんな時に鎹鴉がいれば、捜索も随分楽にはなっただろう。
しかし義勇の鎹鴉は随分な老鳥だ。
雨の中、任務でもないのについて来させるのは気が引けて、本部へと置いてきた。
蛍の傍について離れなかった政宗も、自分が見ているからと羽根を休ませる為に待機命令を下した。
それがこんな形で仇になるとは。
「彩千代」
また一つつきたくなる溜息を吞み込んで、皆から一歩離れた場所で待機している蛍へと目を向ける。
呼べば、伏せがちに地面を見ていた視線がゆっくりと上がる。
返事はない。
感情も未だ見えない。
それでも先程まで不確かでしかなかった見えない蛍の心の縁に、僅かでも触れられた気がした。
「…濡れないようにしていろ」
雨音と同じに消え入りそうな声は、ほんの少しだけ柔らかい。
本部へ帰ったら、今一度しかと蛍と向き合ってみよう。
時間をどれだけかけてもいい。ゆっくりとでも、蛍の時間を大切に刻んで。
その為には手早く目の前の問題を解決するしかないと、義勇は一人林の奥へと足を向けた。