第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「お前…」
無意識に伸ばす手が僅かに震える。
緋色の瞳は濁ったままだが、揺れる眼は確かに義勇を見ていた。
見えているのか。
感じているのか。
話を。思いを。感情を。
瞳はまだ揺れている。
それでも合わなかったはずの視線が、確かに重なったのだ。
「彩千代──」
「なほーっ」
ごくりと唾を吞み込んで、今一度その名を呼ぼうとした。
遮ったのは、雨音よりも高く響くアオイの声だ。
何事かと義勇が目を向ければ、雨宿りしていたはずの木の下から出て歩くアオイが見えた。
その顔は先程までの笑顔が消えており、辺りを頻繁に見渡している。
「どうした」
「あっ冨岡様…っいえ。ちょっと」
「高田なほの名を呼んでいただろう」
仕方なしにと腰を上げて呼び止めれば、目視できるのはアオイときよとすみの三人だけだということに気付いた。
姿が見えないなほの所在を知る為にアオイは呼んでいたのだろうか。
「高田が消えたのか」
「そ…れは…」
何故か歯切りが悪い。
疑問に思いながらも、一先ずアオイを雨に濡らさない為にと自分達の木陰へと移動させた。
「何かあったのなら話してみろ」
「ぇ、ええと…」
「冨岡さまっ」
「なほは、その…お花を摘みに行ったんですっ」
事情を知っているのか、そこへきよとすみも頭に手を翳しながら小走りで駆けてくる。
「花? 何故わざわざ雨の中そんなことを…」
「し、仕方ないんです。ねっきよ」
「そうです。仕方なくお花を摘みに行ったんですっ」
"花摘み"が用を足しにいくことの比喩表現であることを義勇は知らない。
幼い少女でも異性は異性。なほへの気遣いで詳細を語らないアオイ達に、義勇はただ頸を傾げ続けた。
ふと蛍の姿を確認すれば、沈黙したままぼんやりとアオイ達を見ている。
先程の言動が嘘のように大人しいままだ。
「それで、何故花摘みで騒ぎになっているんだ」
折角、垣間見た変化だったというのに。
つい溜息をつきつつ、再度問いかけた。