第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
生きようとしなくてもいい。
ただ死なないでいてくれたら。
「死ぬな。彩千代」
切に乞うように今一度告げる。
淡々と起伏のないはずの義勇の声は、途切れ落ちそうに掠れていた。
耳に届いたのは、かひゅりと繋ぐ彼女の細い呼吸。
頭を下げたまま、義勇は固く目を瞑った。
(…情けない)
告げたところで反応があるはずもないのに。
何をこんなにも縋り付こうとしているのか。
後頭部を手繰り寄せていた手が、力無く滑り落ちる。
「…っ…ゅ…」
かひ、と繋ぐ呼吸の中で。
何か違う音を聴いた気がした。
は、と息を呑む。
恐る恐ると顔を上げれば、すぐ触れ合えそうな距離にいる蛍が見える。
鮮やかな緋色の目は、濁さを残していて。
陶器のような肌は、血色を感じさせないでいて。
半端に開いた口は、息をすることしか──
「…ゅぅ、さ」
ないと、思っていた。
「…彩千代…?」
その唇が、形を作る。
か細い息を繋いで、はくりと無い音を零して。
「ぎ、ゆう…さ」
確かにそれは人の名だった。
初めてその名を口にした時と同じように、ぎこちなさの残る声で。
それでも彼女は、確かに告げた。
義勇の、その名を。