第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
蔦子(つたこ)姉さん。
義勇の脳裏に過る、一人の女性。
宍色の髪の少年のように消え去らなかったその人影は、初めて義勇の心に穴を空けた人だった。
義勇とは年の離れた姉の蔦子は、鬼に襲われた時一人なら逃げ遂せたはずだった。
それでも幼い義勇を庇い、若くして命を散らせた。
人生を共に歩むと決めた男性と、祝言を上げるはずだった前日に。
「っ…っ…」
「もういい。何も話さなくていいから、ゆっくり息をしろ」
はくはくと声にならない声を上げて、呼吸を乱す。
蛍のその背を擦りながら、義勇は顔を歪めた。
「俺にも、安易に口にできない人がいる。何年経とうが変わっていない」
何年経とうとも薄れはしない。
否。薄れはさせない為に、この羽織を身に付けている。
姉の形見である羽織の一部を。
なのに無限列車の激戦から一週間程しか経っていない蛍に、何を覚悟させようとしていたのか。
「なのにお前にそれを強要させた」
そもそも自分は柱ですらない。
それが柱足るもの、など。何故、杏寿郎やしのぶと同じ枠組みで語ろうとしたのか。
「っ…すまない」
擦る手に力が入りそうになって拳を握る。
堪えた腕は蛍を抱いたまま、頭を項垂れ唇を噛み締めた。
そんな辛さを見たい訳ではないのに。
そんな痛みを思い出させたい訳ではないのに。
ただ。
「彩千代の、顔が見たいだけなんだ」
目を合わせて。
声を拾って。
反応を示して。
以前は当然のように交わしていたものだから、その重要性に気付かなかった。
すれ違い、触れ合えなくなって初めて、どれだけ自分の中で大きなものだったのか気付いた。
「無理に前を向こうとしなくてもいい。呼吸ができる空気だけを吸うでもいい」
傷付いたままでもいい。
涙に明け暮れてもいい。
自分もそうだったのだから。
どんな叫びも、嗚咽も、痛みも、蛍のものなら全て拾える。
だから。
「ただ、死ぬな」