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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし



 血のように鮮やかな緋色。
 なのに今はどこか濁ったように陰ても見える。
 その瞳に映る自身の顔を、義勇は逸らさず見返した。


「あいつがどんな思いで、どんな心で、柱と成ったのか。お前なら知っているはずだ」


 彼の継子であったのだ。
 知らないはずはない。

 義勇の瞳に映る蛍もまた、逸らすことなく濁った緋色を向けていた。


「それを忘れるな。目を瞑るな。誰より知っているお前が、憶えていなければいけないことだろう」


 言い切る間際に、義勇の脳裏に人影が走る。
 宍色の髪の少年は、蛍に蝶屋敷の屋根の上で声をかけた時も過ったものだ。

 過った瞬間に意図せずとも消えるのはなんなのか。
 疑問に思う前に、目の前の蛍を一心に見つめた。
 今この手に届くものを、取り零さないように。


「…っ」


 何も発しなかった蛍の口が、開く。
 はくりと音にならない息を吐いて、唇を震わせた。

 はく、はくと。
 震えは吐息にも感染するように広がる。

 喉を揺らし、肩を跳ねさせ、濁った緋色は地を凝視した。


「彩千代?」


 言葉を紡ぎたくとも紡げない。
 声を上げたくとも上げられない。
 そんな様にも見える蛍の異変に、義勇が手を伸ばす。


「どうし──」


 ひゅくりと上がる息は、呼吸さえ阻む。
 陶器のような白い肌が青褪め、粘土のような乾いた色に変わった時、それがなんなのか理解した義勇は蛍の体を掴んでいた。

 呼吸がままならなくなる程の拒絶だ。
 心と体が嚙み合わず、衝突をする。

 咄嗟に手繰り寄せた蛍の頭部を、己に押し付けるようにして抱いた。
 ぱさりと竹笠が蛍の頭から落ちる。


「っもういい」


 誰より杏寿郎を知っているだろうと、つい今し方諭したはずなのに。
 言われなくとも蛍の身に沁みついていることは、明白だろう。
 それを痺れを切らして責め立ててしまった。


(──そうだ)


 涙が溢れて止まらなくなる。
 喉は乾いた空気しか通さず、食事はできなくなった。
 口を開けば嗚咽が零れ、手の届かない愛おしい者を呼ぶことしかできなくなった。

 だから思い出すことをやめた。


(俺もそうだった。はずだ)

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