第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
(…目を合わせてくれなかった…)
そそくさと去ったアオイを視線で追うも、目は合わない。
開きかけた口を閉じて、仕方なしに義勇はその場に座り直した。
沈黙を作れば、しとしとと雨が落ちる音だけが二人を包む。
先程のゲリラ豪雨のような勢いは弱まっていたが、止む気配はない。
義勇にとって沈黙は苦ではなかった。
常日頃から口数が少ないのは自分の方だ。
今更声をかけたところで、蛍から反応を貰えるとも考えていない。
ただ、このままでいいとは思っていない。
蛍は元々寡黙な鬼ではなかったはずだ。
ただ一人異端であっても、鬼殺隊本部の中で自分の道を見つけ出そうとしていた。
その些細な変化を拾い、手繰り寄せ、芽吹かせたのは杏寿郎だ。
自分に同じことができるとは思っていない。
ただ見逃したくはないと思った。
機械的にでも雨風から守ろうとしてくれた、先程の蛍のように。感情を吐露させなくなった彼女の些細な変化を。
「…彩千代」
立てた片膝に肘を置いて、視線は握った己の拳に向けたまま。今一度その名を呼んだ。
「飢餓症状は出ていないのか」
口にしたのは純粋な疑問だった。
長期任務に出る前は、定期的に血を摂取しないといけない体だった。
任務中も、杏寿郎から血を分けて貰っていたはずだ。
蛍が無限列車の任務から戻り、既に一週間は経った。
動けているだけ問題ないのだろうが、感情をしまい込んだ蛍の内側はわからない。
「体に異常は見受けられないが、お前は我慢する節があるだろう」
返されるのは当然のような沈黙で、義勇は今一度蛍の横顔を目で探った。
顔色はいつものように、陽光を知らない陶器染みた白。
いつかに桜餅を食べて嘔吐した時のような気配は見当たらないが、しのぶに手当てされた頬の大きめのガーゼが痛々しい。
(鬼ならば、完治していても可笑しくはない頃合いだな…)
雨で血の臭いは遮られている。
それを確かめるように、義勇は蛍の火傷跡に手を伸ばした。