第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「…彩千代」
隣に座る蛍は、手を伸ばせばすぐ触れられる距離にいる。
常日頃静かな義勇の声も簡単に拾える距離だ。
それでも目線は合わず、呼吸に乱れもない。
口枷などしていないのに、見える口元は固く閉じられたまま。
「…あり、がとう」
その感情をこちらに向けて欲しかったからなのか。
ただ素直に気持ちを口にしたかっただけなのか。
気付けば口をついて出ていた言葉に、義勇自身が驚いた。
「だが竹笠は被っていろ。お前が陽に焼けたら困る」
取り繕うように少しだけ早口に並べ立てて、蛍が風除けにと持っていた竹笠を取る。
ぽすりと頭に被せれば、蛍の手が義勇のように行き場を失くし、やがて膝に置いていた荷物を抱き直した。
ぎこちないような、初々しいような。なんとも言えない二人の距離に、ぽかんと見ていたアオイの表情が和らぐ。
蛍程までとはいかないが、アオイにとって義勇もまた感情が伝わり難い人物だった。
それでも蛍を血に染まるあばら家から連れ出したのは彼だ。
杏寿郎と同じに、蛍のことを理解してくれている柱の一人のはず。
「じゃあ私は、すみ達を見ていますから」
鬼殺隊本部にいるよりも、見慣れない土地の方が踏み出しやすいのならば。
蛍を任せますと義勇に目で告げて、アオイは近くで雨宿りを続ける三人娘の下へと足を向けた。
葉が減った冬の木の下では、六人全員を雨から守るのは心許ない。
待てと視線で訴える義勇に頭を下げて、その場を譲ることにした。