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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし



 蛍の意思とは裏腹に自在に現れる影鬼は、義勇も過去見たことがある。
 しかし蛍の背後を守るように揺らぎ立つような影は、一度も見たことがない。
 杏寿郎の情報にもそんな形のものはなかった。
 反してよく情報として聞いていた魚のような影の形は、一度も義勇の目に姿を現してはいない。

 それだけの変化が、蛍自身の中にあったのだろうか。


「冨岡さまも座られたらどうですか」


 じっと蛍を観察していれば、視界にひょこりと小さな頭が覗き入ってくる。
 笑顔で催促するきよに思考を中断して、逆らう理由はないと言われるがままその場に腰を下ろした。
 と同時に、小さな紅葉のような手が半柄羽織を握る。


「ではこれは濡れてしまったので近くで干しておきますねっ」

「!? いや」

「あそこなら葉もまだいっぱい生い茂っているし、濡れないと思います」

「それは」

「ご心配なさらず! ちゃんと見ていますからっ」

「だが」


 驚く義勇のぼそぼそとした静止など、働き者の三人娘には届かない。
 あれよあれよと濡れた羽織を取られ、近くの大きな木の下へと持っていかれてしまった。
 半端に伸ばした手だけが、何も掴めず虚しく宙に浮く。


「すみません、寒いですよね。やっぱりこれ…」

「いや、それはいい。着ていろ」

「でも」


 上半身は白シャツ一枚だけとなった義勇に、申し訳なくアオイが頭を下げる。
 しかしその手から脱いだ上着は受け取らないと義勇が頸を横に振り続けていれば、ふと視界が暗くなった。
 何かと見上げれば、腰を落ち着かせていたはずの蛍が立っている。
 義勇が驚く暇もなく、握っていた番傘を開くと徐に差して固定した。
 雨に濡れてぬかるんだ地面に、ぐりぐりと柄を詰め込んで斜めに差し込む。


「蛍…もしかして風除けにしてくれているの?」


 急な蛍の行動に驚きはしたものの、一度その姿を傍で実感していたアオイがすぐに悟る。
 相変わらず反応はないが、意図はその読み通りなのだろう。
 差した番傘とは反対の空いている義勇の隣へ座り込み、竹笠を脱いで盾にする様からしてもそうだ。

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