第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「蛍、少し此処で休むから。荷物は離していいわよ」
繋いだ手を引くアオイに、暫く身動きをしなかった蛍も大人しくその場に腰を下ろす。
抱いた荷物は下ろそうとしない姿に、アオイは少しだけ困ったように笑った。
「雨が降ってるから大丈夫とは思うけど、いつ晴れるかわからないし。念の為、その竹笠は被っておいてね」
そうすれば雨に濡れる心配もない。
念を押すように伝えるアオイ越しに、変わらず反応のない蛍の横顔を義勇は観察していた。
無表情に空(くう)を見る姿は町中でも、辿れば蝶屋敷を出る前からも変わっていない。
(疲労はしていないようだが…随分と日中の外出にも慣れたものだな)
鬼の体力は無尽蔵だが、対陽光となるとめっぽうに弱い。
蛍もそれは変わらず、初めて真昼の地面を歩く時は慄くように緊張していた。
義勇に手を引かれながら、恐る恐る風柱邸まで歩いた時のことを思い出す。
杏寿郎との長期任務中は、そんな場面も少なからずあったはずだ。
その中で揉まれたのか、はたまた今の精神力がそこまで追いついていないのか。
原因は不明なままだったが、明確にわかる異変は一つだけある。
義勇の視線が、蛍の横顔から足元へと落ちる。
天候が雨ならば、足元に影などできない。
それでも蛍の足場に薄らと浮き彫りになっているのは、影鬼のそれだ。
ただ足場の影として存在しているだけではない。
観察を続ければ、その影は僅かに蠢(うごめ)いているのがわかる。
まるで波紋を広げる水面のように。音もなく、ただ静かに揺れているのだ。
常人の目にも映るそれは、知られてしまえば町中で騒ぎになる。
その為に影鬼は隠しておくようにと外出前に忠告していたが、結果何も変わらなかった。
蛍が影鬼を操るだけの意思がないのか。
はたまた蛍の意思に反して起動しているのか。
影鬼の特色は杏寿郎からの報告で柱達にも知らされていたが、その情報とはまた別の異変のように義勇には感じられた。