第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
そのカナエが戦場で散ったと知った日は、一日中涙に暮れた。
泣いて泣いて泣き続けて。涙が枯れた後も、カナエの存在を思い出す度に干乾びた目尻は滲んだ。
感じてしまうのだ。
診察室の机の前。
脱衣所の手洗い場。
病室の太陽が差し込む窓際。
つい先日まで、優しい笑みを浮かべて其処にいた。
カナエの存在を脳裏が思い起こさせるように。
「仕事に没頭するか、何も見ないように自室に引きこもるか。そんな手立てしかなかったんです」
それでも時間をかけて、少しずつ前を向いた。
背を押してくれたのは実の妹であった胡蝶しのぶの存在だ。
自分以上に辛いはずなのに、誰よりも最初に笑顔を見せたのは彼女だった。
今まで知っている、しのぶの笑顔とは違う。
カナエそっくりな微笑みへと変えて。
ショックだった。
怒りっぽい以前のしのぶには偶に怯えもしたが、心底身を案じているからこその怒り。そんなしのぶが大好きだった。
なのに己の素顔を剥ぎ取ってまで、しのぶはカナエのように生きることを選んだ。
同じ柱となり、蝶屋敷を、其処に住まう自分達を守る為に。
だから前を向こうと思った。
しのぶだけに背負わせてはいけない。
自分もしのぶを、蝶屋敷を支えていかなければいけない。
それは周りに黙って鬼殺隊の選別試験を受けたカナヲもまた、同じ思いだったのだろう。
「煉獄様の継子であった蛍は、本来なら炎柱邸に身を置くのが定石です。それでも外に出られるくらい体は全回復したのに、戻らないのは…そういうことなんだと思います」
顔を上げて、なほ達に手を引かれ続けている蛍を見つめる。
その目は初めてしのぶの姉の面影を残す微笑みを見た時と、同じ暗さを宿していた。