第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「多分…感じてしまうからじゃ、ないかなって」
「感じる?」
「蝶屋敷(あそこ)で、炎柱様と過ごしたこと」
いつもはきりりと上に上がっているアオイの眉が、落ちるように下がる。
その脳裏には、杏寿郎と言葉を交わしたある日の出来事が浮かんでいた。
全身に重度の火傷を負った蛍が目を覚ましたと聞いて、急いで駆け付けた杏寿郎との。あの日の出来事が。
「蛍が藤の牢を出てから、傍で一番世話を焼いてくれたのは炎柱様だと聞いています。蛍が継子になる前も、なった後も、度々蝶屋敷で炎柱様の姿は見かけていましたし。その傍には、いつも蛍の姿がありましたから」
あの日、柱である杏寿郎とまともに言葉を交わしたのは初めてだった。
容姿の強烈な印象とは異なり、交わす言葉は的確でありながら穏やかに他者の心に触れるものだったように思う。
そんな杏寿郎に、蛍もまた心を溶かされたのか。
明確なものは何もないが、蛍と色々な思いを交わしてきたアオイだからこそ感じられるものがあった。
『とある男性に…"特別な女性(ひと)だ"って言われたんだって。…それ、どういう意味だと思う…?』
これは知り合いの話だから、と言いながら恐る恐る問いかけてきた。
それが蛍自身の話だということは、なんとなくアオイにも悟ることができた。
今思えば、その"とある男性"とは杏寿郎のことだったのではないか。
蛍の憔悴しきった今の姿から、そんな憶測が立つ。
「意識しなくても、思い出がある場所だと感じてしまうんです。思い出さなくても、思い出してしまう。…そういう感覚は、少しはわかるから…」
しのぶの実姉、胡蝶カナエ。
花柱として蝶屋敷の主であったカナエは、アオイにとっても姉のような存在だった。
刀もまともに振れない自分を隊士として屋敷に置いて、居場所を与えてくれた。