第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「貴女が何を考えているのか、私にはわかりません。ですがこの屋敷内が気に入らないことはわかりました」
「彩千代はそんなことまでは言ってな」
「冨岡さんは黙ってて下さい。私は今、彩千代さんと話しています」
口を挟もうとする義勇はぴしゃりと跳ね返して、邪魔をするなと一蹴した。
今、自分が見ているのはこの鬼だけだ。
「なら外出許可を出しますので、どうぞお好きなだけ真昼の空の下を散歩でもなんでもしてきて下さい」
蛍が望むであろうことを許しても、ぼんやりと空(くう)を見る緋色の目と重なりはしない。
そんなことは予想の範囲内だと、しのぶは診察室の出入口へと目を向けた。
「丁度アオイ達が買い物に出るみたいですし。そんな状態でも荷物持ちくらいはできるでしょう?」
出入口の陰から、そっと中を伺っていた人影が四つ。
アオイに、なほ、すみ、きよ達だ。
びくりと反応して頭を隠したが、彼女達の真意は手に取るようにしのぶには理解できた。
心配しているのだ。
任務に出る前から、何かと蛍と親交を深めてきたのは彼女達だったのだから。
「冨岡さんも、手が空いているなら彩千代さんの付き添いをお願いします。と言ってもお願いせずとも張り付くのでしょうけれど」
にっこりと綺麗に作った笑顔を向ければ、忠告を律義に守ってでもいるのか。口を閉じたまま、義勇は蛍を見て一度だけ頷いた。
「ではお願いしますね」
ぱんと両手を合わせて、これで話は終わりだと仕切る。
蜜璃にそうしたように、優しく背を擦り励ましてやる気などない。
それでも蛍に今できる最善の手で喝を入れることにした。
外に出たいのなら好きなだけ出ればいい。
そしてさっさと立ち直って貰わなければならないのだ。
でないといつまで経っても、この苛立ちは治まりそうにない。