第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
明確な事実は知らないが、杏寿郎との付き合いはそこそこ長い。
他人を観察する目もそれなりに持っているつもりだ。
故に蛍と杏寿郎との間にあるものが、ただの鬼殺隊と鬼。師と継子。そんな枠組みだけのものではないことは勘付いていた。
確信に至った理由の一つに、恋柱である蜜璃の言動がある。
蛍が長期任務から戻った知らせを聞いて、蝶屋敷に足を運んだ柱は義勇だけではなかった。
その中でも真っ先に姿を見せたのが蜜璃だ。
蛍とは柱の中でも仲睦まじい姿を見せていた為に、当然と言えば当然の結果。
そんな感情豊かに他人を愛する蜜璃が、変わり果てた蛍を見て涙を殺した。
蜜璃にとっても大切な師であった煉獄杏寿郎の訃報。
そこに大きく精神を削られていた蜜璃は日頃の食事の量も大幅に減り、顔色も悪く生気も薄れていた。
それでも蛍の姿を目の当たりにした時、溢れる涙を必死に耐えようとしていたのだ。
『甘露寺さん。無理に涙を堪えなくてもいいんですよ』
『しのぶちゃ…っだ、って』
『特に貴女には大切な人だったでしょう。煉獄さんは』
『ちが…違う、の。違うのよ…ッ』
それでも止まらない涙を隠すように蛍から離れて、蜜璃は顔をくしゃくしゃにして泣き殺した。
『わ…っ私じゃ、ない、の…ッ私、が…蛍ちゃ…だったら…きっと──』
自分が蛍の身だったら。
その先は言葉にならず、漏れる嗚咽をひたすらに飲み込んでいた。
傍で背を擦り続けたしのぶには、結局蜜璃の真意の全てはわからなかった。
それでもそれが姉妹弟子の思いだけでないのは、見たことのない蜜璃の涙で察した。
それだけ蛍には煉獄杏寿郎という存在はとても大切だったのだ。とても大きなものだった。
最愛の姉の死の先を、見つめ直すことができる程に。