第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
誰が聞いても棘のある言葉。
だというのに、言われた本人からはまともな反応は返ってこない。
心ここにあらずで視線もその焦点すら合っていないような蛍の姿に、しのぶは唇をきゅっと強く結んだ。
苛立つのだ。
あからさまな嫌味にも反応しない、今の蛍を見ていると。
此処は鬼殺隊だ。
家族や友人、果てには恋人。そんな大切な誰かを鬼に殺された者などそこかしこにいる。
蛍だけではないのだ。
自分もまた、最愛だった姉を鬼に惨殺されたのだから。
鬼を憎んだ。
世界を憎んだ。
自分を憎んだ。
それでも蛍のように全てを放棄することは、自分には許されなかった。
姉の残したものがある。
自分と同じように姉に残されてしまった姉妹(こども)たちがいる。
カナヲ。アオイ。なほ。すみ。きよ。
血は繋がっていなくとも、家族のように支え合い育った。
姉であるカナエ亡き今、彼女達を守れるのは自分だけなのだ。
だから笑顔を張り付けた。
姉がよく見せていた、柔らかなあの微笑みを思い浮かべて。
守ろうとした。
自分に残された、ただひとつの世界を。
「胡蝶」
水面に広がる波紋のように。
静かだが凛とした声が、名だけを差して制す。
感情の読み取れない深い義勇の瞳を見て、しのぶはぴくりと結んだ唇の端を震わせた。
『重ねて見るのはやめろ』
数年前。蛍がまだ地下牢で過ごすことを余儀なくされ、その体に何度もメスや針を刺し続けていたしのぶに義勇が放った。
姉を、自分を、重ねて見るのはやめろと。
あの時と同じ目だった。
「…わかっています」
結んだ唇を、ゆっくりと開く。
音も無き呼吸で息を整えて、しのぶは声を静めた。
自分と蛍は違う。
自分には、残されていた同じ境遇の者達がいた。
姉妹と呼べる彼女達がいた。
しかし蛍には、家族同然に育った者達はいない。
寧ろそれが杏寿郎だったのではないか。
最愛の姉を亡くし砕いた心を、傍に寄り添い温もりを分かち合い、一つ一つ紡ぎ直してくれたのは。