第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
屋敷の中へと窓から飛び込めば、悍ましく湧き立っていた影の塊が追いかけてくる気配はなかった。
元々影鬼は蛍の血鬼術。原型などないのかもしれない。
それでも陽の当たらない場所まで避難できたことに息をついて、腕の中の温もりを見る。
「大丈夫か」
抵抗らしい抵抗を見せない蛍の顔と、腕には赤々と焼け爛れた跡が残っていた。
突然変異なのか、元からその気質があったのか。陰鬼は陽光を遮る力を持っていたが、蛍自身にその力が宿った訳ではないようだ。
そのことを蛍は知っていたのか、否か。
痛がる素振りも見せない蛍からは、感情が読み取れない。
「あの影は自分でやったのか」
影鬼は、蛍の意思に関係なく動きを見せることがある。
それはかつて鬼殺隊本部で節分をした時に、義勇もその目で見た。
まるで人形のように感情を見せない蛍が、急に影鬼を激動させる理由など思い付かない。
問いに答えを返さない蛍の無言は、否定ではないだろう。
「どちらにしろ、今後はもう一人で外に出るな」
「……」
「彩千代」
問いかけても、忠告をしても、叱咤をしても、彼女からは何も聞こえない。
ただ一つ、屋根の上で微かに示した反応を除いて。
『…死ねない』
確かにそう、蛍は消え入る声で告げた。
それでもその言葉に義勇は一欠片も安心できなかった。
死なないのではない。
死ねないと言ったのだ。
それは己の意思で求めた生ではない。
(お前は…)
しのぶが告げた通り、死に急いでいるのか。
抱く腕に無意識に力が入りそうになり、ぐっと拳を握り締めた。
「一先ず、胡蝶の所に行く」
今は治療が優先だ。
例えいずれ治る体だとしても、痛々しく皮膚を焼く姿は軽々しく直視できるものではなかった。