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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし



 わかっている。そんなことは。
 叱咤されなくとも、諭されなくとも、同情されなくとも。
 そんなことはわかっているのだ。

 それでも心は追い付かない。
 悲鳴を上げて枯渇する。
 無い姿を捜し求める。

 わかっている。
 わかっているのだ。


「…ッ」


 それでも想いは捨てられない。





(杏、寿郎)





  
 義勇の顔がただただぼやける視界の隅が、じわりと濡れた。


 ──ボ コッ


 変動は一瞬にして起きた。
 蛍の濁った瞳の縁に、涙が滲む。
 刹那、揺らめき立っていた影が形を変えた。

 波のようにただ揺れていた影が、突如荒立つ。
 ぞわぞわと獣のように影の端を針の如く逆立てながら、背後から踊り狂った。


「!?」


 ふ、と義勇の顔にも影がかかる。
 見上げたそれは、蛍の背後で盾になっていた時とは比にならない形に膨張していた。

 膨らみ、逆立ち、唸り上げる獣のように覆い被さる。
 それは義勇ではなく、蛍を飲み込もうとしているかのようだった。


「彩千代…ッ!」


 咄嗟に義勇は頬に添えていた手を蛍の頭部へと回し、引き寄せていた。
 同時に背中を抱いて瓦を蹴り上げその場から飛び退く。

 じゅうっと焦げ付く音が鳴く。
 見れば腕の中の蛍の頬が、焼けていた。


(しまった…! 此処はあの影以外に日除けがない!)


 蛍を飲み込まんとする影鬼から引き離したばかりに、術者である鬼を太陽の下に晒してしまった。
 即座に蛍の顔を己の胸へ押し付けて、同時に羽織を脱ぎ去る。
 蛍の体を守るように被せても、当の本人は痛がる素振りを見せない。
 太陽から逃れようとする気配すらないのだ。

 煮え切らない感情を奥歯で噛み締めると、義勇は蛍の体を抱いたまま飛躍した。
 兎にも角にも屋内への避難が第一だ。

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