第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
(だから私は──)
生きなければ。
命を繋いでくれた彼の為にも。
命を犠牲にした彼の為にも。
「…っ」
何が犠牲だ。
そんなことをしたくて彼が戦い抜いた訳ではないことくらい知っているだろう。
"彼の為"になんて言葉は、都合よく合わせただけの理由だ。
なんの為に生きる。
なんの為に進む。
何処へ向かう。
何を求めればいい。
(嫌だ。違う)
地獄だろうとなんだろうと関係ない。
欲するものは一つだけだ。
贅沢なんて言わない。
ただ彼がいてくれればいい。
未来だとか願いだとかそんなものどうでもいい。
ただ、
(──会いたい)
会いたい。
彼に会いたい。
声を聴きたい。
温もりを感じたい。
笑顔に触れたい。
姉以外にそこまで欲した人はいなかった。
家族以外の人を初めて求めた。
その初めての望みすら、この世は奪うのか。
「っ…ぅ…」
「…彩千代?」
会いたい。
会いたい。
会いたい。
彼に。杏寿郎に。
もう一度、ただ会いたい。
「ッ…ふ…」
微動だにしなかった緋色が揺らぐ。
鋭い牙を噛み締めて、小刻みに震える体に義勇は目を止めた。
「どうした。彩千代」
頬に添えた手はそのままに、顔を覗く。
触れそうな程近くまで顔を寄せても、鮮やかに濁る瞳には何も映っていなかった。
「っ彩千代」
深く深く、瞳の中心が濁り堕ちる。
その深みに引き摺られるように、きりきりと縦に鋭く割れていく瞳孔。
頬を掴む義勇の手に力が入る。
牙が僅かに見える唇から漏れるのは、言葉にならない呼吸音だけだ。
「しっかりしろ彩千代!」
鬼の兆候を見せながら戦慄く蛍から、殺気のようなものは感じない。
それでも誰がどう見ても健全には思えない姿に、義勇の表情にも険しさが増した。
「自分を見失うなッ!!」
ぎ、と蛍の牙が唇に喰い込む。