第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「……」
何を勘違いしているのか。
一瞬浮かんだ思考は、浮かんだ瞬間に塗り潰した。
姉の死を実感した時も感じたというのに。
もし本当に"あの世"と呼ばれる世界があるのだとしたら、自分は姉と同じ場所には逝けない。
同じところになど逝けるはずがない。
それは杏寿郎であっても同じこと。
姉の命を喰らってまで生き延びた鬼など。
憎しみの余りに何人もの男をなぶり殺した鬼など。
人々を救う為に最期まで命を削り戦った彼と同じ場所に、逝けるはずがあろうか。
あの世もこの世も不確かなものだ。
天国や地獄があるかさえわからない。
それでも不思議とそう感じる。
死して尚、彼と同じ道は歩めない。
だから望んだのだ。
人間に戻ることを。
だから泣いたのだ。
杏寿郎のその決意がどれ程の重さか、知っていたから。
(…それでも)
思考の隅に過る、無意識の残像。
赤裸々に互いの感情を交えたからこそ、知っている煉獄杏寿郎という人のこと。
それでも彼は、寄り添おうとしてくれるだろう。
現世でも鬼である者をここまで受け入れてくれたのだ。
死しても尚、蛍が歩むならばと共に地獄を踏みしめて、そして笑ってくれるはずだ。
自分の世界を変えてくれた、あの屈託のない笑顔で。
だから自分は──
「…死ねない」
零れ落ちた声は、無意識のものだった。
こちらを向いていた義勇の目が、その声に反応を示す。
それでも蛍の目は、未だ亡き者を見つめていた。
(死ねない。だって私が死んだら…地獄を歩ませてしまう。本来いなくていい場所に、縛り付けてしまう)
天国や地獄があるかなんてこの際、どうでもいい。
譲れないのは、杏寿郎の魂の在り方だ。
あの人の魂は浄化されるべきだ。
汚してはいけない。
利用してはいけない。
引き摺り落としてはいけない。
そう、槇寿郎にも涙ながらに訴えたはずだ。
自分一人で全て抱えて、地獄を進むと。