第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「……」
あの時は喉から手が出る程に欲していた。
なのに今は、そんな熱い思いを体の内側に感じない。
今更そんなことを願ってなんになる。
何に願う。
何に縋る。
望んだ人は、もうこの世にはいないのに。
「…っ」
生きていれば。
生きてさえいれば。
どんな茨の道でも、歩もうと思えたのに。
残ったのは朽ち果てないだけの、浮世の世界には愚鈍な体ばかりで、もう何も残ってはいない。
『あいつは、お前が鬼として死ぬのなら己の命を切り捨てると言った』
力の入らない唇の端が、震えようとした。
その時、不意に脳裏に浮かんだのは槇寿郎の言葉だった。
生きてさえいれば。
そう願い突き進んだ自分とは違う意思で、先を見ていた。
杏寿郎の、並々ならぬ決意の言葉だ。
『鬼として死んだお前が地獄へ堕ちるなら、共に堕ちると言ったんだ』
死して尚。
蛍が目を背けていた死後の世界をも、彼は見ていた。
寄り添ってくれた。
歩もうとしてくれた。
(そう、だ)
朽ち果てない体は、ただ世の理に逆らっているだけだ。
背後で立ち昇る影のことはわからないが、この身のことはわかる。
太陽の下に晒してしまえば、呆気なく燃え尽きて消えるだろう。
(私が、死ねば)
そうすれば自分も逝けるかもしれない。
(また、会えるかもしれない)
彼が向かった、その先に。