第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
『離しはしない。全身全霊で守り抜く』
長期任務に出る前。
義勇が連れてきた蛍を継子にしたことを率直に謝り、けれども譲れないと告げてきた杏寿郎。
だったら守り抜けと放った義勇の言葉通りに、杏寿郎は実行したのだ。
あの日、少しも目を逸らさずに真っ直ぐに目を向けて言い切った。
杏寿郎のあの姿は、義勇の中にも強く残っている。
「……」
しかし杏寿郎のその命と引き換えに生き永らえたものは、まるで辛うじて息をする屍のようになってしまった。
数ヵ月に及ぶ長期任務後の久方ぶりの再会だというのに、蛍は義勇に一瞥もくれない。
呼びかける声に反応もすることなく、ただじっと乾いた瓦を見下ろしている。
その姿には見覚えがある。
実の姉を亡くし、天涯孤独となった蛍が鬼となり吼えたあの日の出来事だ。
その姿を発見した義勇の手により鬼殺隊本部に連れられても尚、蛍は生きた人形のようにまともな反応を示さなかった。
あの産屋敷耀哉の声を聴いても尚、心を動かすことはなかったのだ。
あの時は何が原因だったか。
蛍が少しずつ心を取り戻し、感情を見せるようになったのは。
思い返せば、傍(はた)から監視することは多くとも、あまり踏み込まなかったように思う。
悪鬼とは違う気配を感じ取ったものの、義勇にとってはただそれだけの鬼だったからだ。
他とはほんの少し違う、ただそれだけの。
「……」
だが今は違う。
あの時は踏み込もうなどと思いもしなかった。
今は、できるならば彼女の隣に立っていたい。
澱み沈んだ瞳でも、こちらを向いて欲しい。
そう思う。
「…彩千代」
静かに、その場に片膝をつく。
抱いた膝に半分埋もれた横顔は、寄り添う政宗により尚見えない。
反応はない。
何も映さない澱んだ瞳を持つその顔に、義勇は手を伸ばしていた。