第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
「カァ」
再び鴉の声が呼ぶ。
控えめなのは変わらず。一歩だけ歩み寄るように。
晴天の下で動こうとしない蛍の傍を、また離れようとしないのは長期任務で就いていた政宗だった。
いつもなら嘴で突くのが挨拶ようなもの。その暴挙も今は影を潜め、大人しい鎹鴉のように蛍の足元に停まっている。
人語ではなく、野生の鴉のようにただ鳴くだけ。
その意味は読み取れなくとも、何度も呼びかける感情は傍から見ても伝わってくるものがある。
それでも微動だにしない蛍の視点は、政宗にさえ向けられない。
無表情に乾いた瓦だけを見ている鬼に、政宗は項垂れるように頭を下げた。
無限列車の任務後、誰よりも傍で蛍を見守っていたのは政宗だった。
しのぶから任務解除の指示を貰っても本部の巣がある隊舎には戻らず、必ず蛍の姿が視界に入る所に停まっていた。
それは蝶屋敷の庭に生えた木々であったり、廊下の窓際であったり、箪笥や照明の上であったり。
蛍に寄り添うように傍にはなくとも、必ず目に見える場所にいる。
過去、暴鳥とまで呼ばれた政宗にしては目を疑うような姿だったが、しのぶは何も言わずに好きにさせた。
元々、担当となる鬼殺隊士は現在政宗にはいない。
彼が望むのなら、蛍に就くことを咎める理由は何もないのだから。
「…カァ」
もう一度。
大きな嘴から予想を反するような、囁く鳴き声が漏れる。
蛍の視線も四肢も髪の毛一つさえ、反応はない。
頭を上げてじっと見上げた政宗は、不意に。トッと軽やかに跳ぶと羽根を広げ、ふわりと柔く蛍の肩に舞い降りた。
季節は冬。
患者服一枚で外に出ている蛍は、例え鬼であっても寒さを感じない訳ではない。
地下牢での日常を見ていた政宗だからこそ、よく知っていた。
柱達との忘年会で持ち込まれた炬燵の中で、ぬくぬくと暖まっていた姿も。
蛍は本来であれば人間味の強い、鬼らしかぬ鬼なのだ。