第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
いつもなら鬼である蛍のこと、監視役にカナヲのような実力のある剣士を傍につけていた。
今回はそのカナヲが任務で外していたことも要因の一つだったが、余りの蛍の変わり果て様に監視役をつけることさえしのぶの脳内には浮かばなかった。
抜け殻だったのだ。
蝶屋敷で仲良くしていたはずのアオイやなほ達が懸命に声をかけても反応一つ示さない。
返事もなく、視線一つ合わない姿は、まるで魂の抜けたただの肉体のように見えた。
そしてその姿には覚えがあった。
義勇が初めて蛍を鬼殺隊本部に連れて来た時に、見た姿だ。
肉親である姉の死を目の当たりにした為に、抜け殻のような状態になっていた蛍。
鬼であるはずの者が肉親の死に心を痛める姿には興味を持ったが、同時に憤りも感じた。
実の姉を喰い殺した癖に、何を被害者ぶっているのか。
笑わせるなと頸に刃を串刺しにしたい程に。
だからその代わりに何度も蛍の体を痛め付けた。
研究の為という免罪符を掲げて、再生を繰り返すその体を切り刻み、潰し、毒に侵した。
何度も。何度も。
人間のように痛みを嫌う蛍は、やがて徐々に恐怖の感情を見せるようになった。
そんな愚かな鬼の姿に抱いていたのは怒りか、哀れみか。未だにしのぶの中で答えは出ていないが、それでも研究と名のつく拷問を続けることに意味を感じていたように思う。
「今は日中です。怪我の完治していない炭治郎君が歩き回る以上に、健在な彩千代さんが歩き回る方が危険を伴うというのに。自身の危機管理能力が働いていない」
ただ。
あの時と同じような有り様の蛍を見て、同じように痛め付けたいという感情は今のしのぶには湧き上がらなかった。
「なのに他人の言葉にも耳を貸さない。誰の声も届いていない状態なんです」
湧き上がるのは、あの時感じた"怒り"とは別の"怒り"。
その怒りを抑えるように、しのぶは声を静めた。
「まるで、死に急いでいるみたいに」