第8章 むすんで ひらいて✔
「じゃあ…ずっと膝を借りてるのも、あれだし」
「俺は構わないぞ。それで楽なら寝てるといい」
「ううん。大丈夫」
寧ろ杏寿郎といるのに、寝てしまうのは勿体無い気がして。
いそいそと体を上げて杏寿郎の隣に座った。
「ごめんね。此処のお布団、あんまり厚くないから…お尻、痛くない?」
「問題無い。しかし改めて見ると此処は貧相な住まいだな…今度、新しい寝具でも」
「あ、ううんっいいの。大丈夫」
確かに柱の屋敷に比べれば貧相だけど。
でも贅沢する気はない。
「しかしだな…」
「いいの。私が鬼だって実感できる場所だから」
「……」
「心は否定するけれど、忘れちゃいけないことだと思うから。私の立ち位置を教えてくれる場所だから。だから、いいの」
自嘲に浸る気はない。
だけど見ていなければならないことだと思う。
狭い檻の中、杏寿郎と二人。
冷たい壁に背を預けて薄い布団の上に座ったまま、小さな天井を見上げた。
…狭い世界だ。
私が自由に生きられる場所は。
「…君は己を弱いと言うが、しかと強くなっていると俺は思う」
「え?」
見上げていた視線を横に向ける。
そこには余り見ない表情の杏寿郎がいた。
ハツラツとしたものでも、笑顔でも、厳しいものでもない。
なんだか静かな見据えた瞳だ。
「初めて出会った時よりも、君は己自身と周りを視ている。他の鬼が目を逸らし続けているものと、きちんと向き合おうとしている。だからこそ苦しみや葛藤も人一倍大きいんだろう」
「……」
「君は弱くなどないぞ。いや、己の弱さを知っていて尚抱えることができる者だ。十分、胸を張っていい」
すとんと静かな杏寿郎の言葉が胸に落ちてくる。
その落ちた胸の内側から、熱が広がるようだった。
上手くは言えない。
言葉にならない。
でも、なんだか胸が熱い。
熱くて、
「…っ」
泣きそうになる。
「……そうかな…」
ようやく絞り出せたのは、そんな当たり障りない返事だけ。
語尾が小さくなってしまったのは仕方ない。
震えそうになるのを抑える為だった。
杏寿郎から返事はなかった。
代わりに、優しく頭を撫でられただけで。
その大きな掌から伝わる温かさに、また胸がじんとする。